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奇怪なことが有るものよのう
 

ロマネスコ
2021年12月25日(土)「潜る女」

“コロナ禍”という事もあって「衛生管理士講習」というのを受けることになった。仕事上で役立つから、という理由で会社からの半強制である。当然上司のネモッちゃんも一緒だ。会社が受講料を出してくれているので、いつもの「渡り鳥の会」のように飲んだくれて不真面目、なんてのは今回はダメである。
 内容的には衛生というものの概要と有害菌やウィルス等の知識、滅菌方法及び嘔吐物などの処置方法の実習。間に昼休みを挟むとはいえ、午前8時から17時までの9時間ビッチシの詰め込み大会。ネモッちゃんはこれからの人だからいいが、わたしはもうこの歳だもの、本音はウンザリであった。

 会場が大原の海の近くの貸会議場だというので、昼休みのタンタン麺だけを楽しみに腹を決めて臨んだ。受講者は30人ほど。男女半々といったところだ。受講者の中に「ロマネスコ」に似たヘアースタイルをした女性がいて妙に気になった。形だけならいざしらず、若干色も黄緑っぽく染めていたのでマジで“ロマネスコ女”だと思ってわたしは密かにケロケロ笑っていた。気になって気になって講義どころではない。
 ネモッちゃんは根が真面目なので真剣に聞いてメモなど取っていた。流石は責任者だ、やる時はやるんだなあ。わたしはタンタン麺にロマネスコを入れても美味そうだなどといった事を考えながら時計ばかりを見ていた。

 12時になり昼休みに入った。タンタン麺といえば勝浦だが、大原も128号線沿いにお店が結構あるのだ。もちろん当たりを付けてあった。で、すぐ横のタンタン麺屋に入り腹を満たす。ちょっと甘めだったが悪くない味だった。昼休み終了までまだ30分あったので、ネモッちゃんと海岸を見に行くことにした。ラクダの像がある砂漠や砂丘を模した砂浜である。有名な「月の砂漠」の歌碑が有った。
 
 おや? とわたしは思った。ロマネスコ女がいたのだ。マスクの下は分からないが、上半顔は例にもれず可愛い。もっとも30m以上離れているのでさらに4割増しに見えたのかも知れなかったが、ロマネスコだけに野菜っぽい瑞々しさが新鮮であった。しかしかと言って挨拶をするのもちょっと変だし、近づいて行くのもおかしい。さてさてどうしたものかと見ていると、突然ロマネスコがニッと笑って頭を砂に突き立てて回転しながら潜って行ったのである。ワーワワワッと思っている内に3秒ほどが過ぎて5m先の砂浜にロマネスコがニョキッと現れて振り向いてまたニッと笑った。マスクは外れていなかったが、明らかにその下の口はニッとなっていた筈だ。潜ってはニッ、潜ってはニッ、で後はそれの繰り返しであった。
 辺り一面穴ぼこだらけになり過ぎて、次にロマネスコがどの穴から頭を出すのかまったく予想ががつかない程になってしまった。ふと横を見るとネモッちゃんがフカフカのハンマーを握っている。モグラ叩きのつもりらしい。どっから持ってきたのだろう? 


 昼休みの終わりが近づいてきたので、わたしたちは講習会に戻ることにした。奇怪な現象も慣れるとどうということはないのだ。振り向くこともせず、わたしたちは現実を優先させた。ロマネスコもいずれ講習に戻るだろうと思っていたが、席は空いたままになっていた。
「誰か足立さんのこと知りませんか?」
 講師は困った様子で他の受講生たちに尋ねたが、誰も答えなかった。砂に潜って遊んでいたことを話そうかとも思ったが、ネモッちゃんが制したのと、それを誰も信じないだろうとも考えたのでわたしもついぞ手を挙げなかった。“足立”より“ロマネスコ”の方が風体に合っているだろよ、とも思ったがそういうことも言わない方がいいんだろうなあと黙っていた。

 いつのまにか海岸の方がざわつき始めた。パトカーや消防車が数台集まっていた。どうやらわたしたち以外にも彼女が砂浜に潜る所を見ていた者がいたらしく、警察に通報したらしかった。消防車が近くの川から水を汲みあげて放水し、穴ぼこの回りの砂を飛ばして何かを探している様子だった。女が最後に潜って以降地上に出て来ていない事を通報者が説明したのだろう。わたしは逆にロマネスコが溺れてしまわないかと気が気ではなかった。
 
 講習会は結局滅茶苦茶になってしまった。ゲロの処置実習どころではなくなってしまったのだ。講師やスタッフは受講生名簿をたよりに彼女の関係者に連絡をとろうと必死になっている。わたしはボールペンで手遊びしながら、ロマネスコの家族はやはりカリフラワーさんとかブロッコリーさんなのだろうか? と受け狙いでネモッちゃんに言ってみたが、涙目になって「あんたはひどい人ですね」などと言うのでちょっと困ってしまった。

 結局その日は何も出てこず、わたしたちは「受講修了書」だけをおざなりに渡されて解散となった。夜の報道ステーションでは「海岸で一人の女性が行方不明」とだけ伝えられ、砂潜りの件などはまったく伏せられていた。
 1週間程たって、非破壊検査を行う会社が石化した植物の根のようなものを地下30mに発見したらしい報道があったが、その根のようなもの自体もどこかに持ち去られてしまい、真相はすべて闇の中という事になってしまった。NASAが分捕ったという噂も有った。
 わたしはロマネスコの頭は髪の毛じゃなくて、実は堅い骨のような物だったんじゃないかと根拠の無い確信を抱いたりしたのだった。

 
※心理学の先生がおられたら教えて頂きたい。以上のような夢を毎晩みるわたしは、現在どのような心理状態にあるのでしょうか? よろしくお願いいたします。
 小林 倫博