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「 ぼくは今、氷の世界にいる 」

 高田渡さんが先日亡くなってしまった。まだまだ死ぬような歳(?)ではないので残念だ。わたしは同じくフォーライフレコードにいた時期があったにもかかわらず、お会いする機会に恵まれなかった。(学園祭ではごいっしょした記憶があるが、やっぱり話したことがない)
 フォーク界には「3フィンガーの神様」や「ストロークの神様」など色々な神様がたくさんいるが、さしずめ高田さんは「チューニングの神様」らしいとの噂だった。チューニングが正確だという訳ではない、ステージでチューニングをするのだ。しかも45分間もだ。そして1曲だけ歌って去っていく。ファンはそれでこそ高田渡であると大喜びするらしい。豪傑だよなあ。
 聞いた話だが豪傑ぶりはほかにもある。ふつか酔いでステージにあがり、吐き気をもよおしてギターのサウンドホールの中に吐いたというのだ。これなどはお金をいくら出してもいいから見てみたかった。心からご冥福を祈ります。クリームシチューのCMに使われていた曲を思い出して泣きたくなる。

 わたしにとっての神様は井上陽水だった。実はわたしのアルバムのプロデュースは当初陽水がやる予定だったのである。しかしデモを聴いた陽水が「(自分に)タイプが似てるからイヤだ」と降りてしまった。完全に振られてしまったわけだ。こんなに好きなのに哀れなわたし。それでも憧れ続けた。
 ファーストアルバムの発売直後、フォーライフレコードに行くと、待合いコーナーの応接セットに陽水が座っていた。まだ若い頃だからガッチリした体に大きな頭、下駄のようなアゴ、サングラス、まちがいなかった。
 
 わたしにはずっと、もし陽水に会うことがあったら質問してみたいと思っていたことがあったのだ。それはごくごく少数の人しか知らない情報だった。陽水がある女性に言った言葉の真意を、わたしは聞かせて頂きたかったのである。なぜならそれがあまりに“カッコイイ”台詞だったからだ。
 大学の同級生に福岡出身のヒロミちゃんという娘がいてこっそり教えてくれた話。ヒロミちゃんの高校の時の親友が陽水の最初の奥さんになった人だったのである。たしか福岡の旅館のお嬢さんだったはずだ。で、結婚する前に、その彼女に陽水から何度も何度も電話がきたのだそうな。遠距離恋愛だから当然なのだろうが、陽水はそんな電話の最後に決まって必ずある台詞を言ったらしいのだ。それは……。
「ぼくは今、氷の世界にいるんだ」
 ワー! カッコイイなあ! かっこ良すぎて恥ずかしいなあ! キザだなあ!キザって「気障」って書くんだよなあ! 考えようによっちゃダサイなあ!
 わたしはその話の真偽と、もし本当ならそのような気障な台詞を吐く心構えとタイミングを伝授してもらおうと常日頃考えていた訳である。

 ソファーにかけた陽水はわたしを見たようだった。サングラスの奥は見えなかったが、おそらくわたしを見ていた。わたしはおそれ多いとは思いながら同席させてもらった。
 いつ、例の話をしょうかなどとニヤニヤ妄想していると、陽水はいきなり言った。
「すごくいいアルバムを作りましたね」
 わたしは気絶しそうだった。ファーストアルバムを聴いてくれていた、というだけでもう十分だった。思わず失禁しそうだったが、そこはまあグッとがまんをし首をすくめてケツの穴を締めて少し照れ笑いをした。
 そして、そのままわたしはもう何も言えずに昇天しまったのだった。だからつまり、その……。
「ぼくは今、氷の世界にいる……なんて言っちゃって、もう憎い憎い! この〜女殺し! 憎い憎い!」なんてことは言えなかったのである。
 
 今思えば、言わなくてよかった。神様をからかったりしてはいけないのだ。そしてその質問は永遠に迷宮入りになった訳である。
 それでも……石川セリさんにはどんな気障な台詞を使ったのか、ちょっとだけ知りたいねえ。
「ダンスは上手く踊れない」なんて歌わせといてから「僕がいっしょに踊ってあげるよ」ぐらいは言いそうだよなあ。