日本は新型コロナを「ゆるやかに感染」させるとき
大事なのはウイルスの根絶ではなく経済危機の防止だ
2020.3.20(金)
池田 信夫

新型コロナウイルスは、ヨーロッパで感染爆発が始まった。 死者が3000人を超えたイタリアをはじめ、ドイツやフランスやスペインにも感染が広がり、アメリカでもトランプ大統領は国家非常事態を宣言した。
それに対して2月初めにクルーズ船で大量の患者が出て大騒ぎになった日本は、今では国内の患者は約750人、死者は約30人。人口比でみるとG7諸国で飛び抜けて少なく、世界から「日本の奇蹟」と賞賛されるようになった。これはどうなっているのだろうか。

イギリスで大論争を呼ぶ「集団免疫」戦略
一時はワイドショーで「PCR検査キットが足りない」と騒がれ、このために感染者数が低く出ているといわれたが、その後、検査が増えても新規患者は増えない(先週から減っている)。

国の専門家会議は「実効再生産数はおおむね1程度で推移している」という見解を発表した。再生産数は感染力(1人の感染者が何人に感染させるか)を示す指標で、これが1ということは、コロナの感染拡大は止まったということだ。もしこれが今後も続くと、日本のコロナ感染は遠からずピークアウトするだろう。

再生産数を1にすることは、先週イギリスが採用して話題になった集団免疫戦略の目標である。集団免疫とは「集団の中で免疫をもつ人が十分多くなったら感染の拡大が止まる」という理論である。

1人が3人に感染させ、その各人が3人に感染させると9人・・・というようにネズミ算で感染者が増えるが、3人のうち2人に免疫ができると感染の拡大が止まる。ある集団の中で1人の感染者が1人しか感染させなくなった状態を「集団免疫が実現した」という。このとき感染はゼロではなく、一定の感染が安定して続く。

これに対して中国では封じ込め政策が採用され、感染ゼロが目標になった。このためには都市を封鎖して感染者をすべて隔離するなどの大規模な強制措置が必要で、隔離をやめるとまた感染が増えるので、無期限に封鎖や隔離を続けなければならない。

イギリスのボリス・ジョンソン首相は、先週「集団免疫ができるまで一定の感染を容認する」という方針を表明した。その根拠となった「イギリスでは新型コロナで25万人が死亡する可能性がある」というインペリアル・カレッジの報告書が国民に衝撃を与えた。


この戦略は大論争を呼び、全世界から「イギリス政府は25万人を見殺しにするのか」といった批判が殺到したため、今週になってジョンソン首相は軌道修正し、公立学校の休校などの封じ込め措置をとった。

危険なのは感染拡大ではなく医療の崩壊
 
しかしこういう批判は誤解である。集団免疫はインフルエンザなどでも使われる考え方で、たとえば基本再生産数2の感染症では、集団の半分が予防接種で免疫をもてば、実効再生産数は1になり、感染の拡大は止まる。

ワクチンのない新型コロナでは、予防接種の代わりにゆるやかに感染を広げる。コロナウイルスの基本再生産数は、WHOの推定では1.4〜2.5だが、2とすると人口の半分が感染したとき感染の拡大は終わる。

これ自体は避けられないことで、日本でいうと6000万人が免疫をもって3万人が死亡するまで感染は止まらない。これも予防接種と同じで、インフルエンザの予防接種率は約25%で、去年だけで3000人が死亡している。

これを政府が「75%が感染するのを容認する」とか「毎年3000人死ぬのはしょうがない」と発表したら大騒ぎになるだろうが、どう表現しようと集団免疫とはそういうものだ。

問題は感染が拡大することではなく、それが病院の処置能力を超えることである。特に新型コロナの場合は、重症患者にICU(集中治療室)で人工呼吸などの処置が必要になる。感染爆発が起こって患者が激増すると、ICUのベッド数が足りなくなって医療が崩壊する。日本のICUベッドは約6500なので、これを超える患者が一挙に発生すると医療は崩壊する。

日本政府は集団免疫戦略を採用している

しかし今の日本の重症患者は46人で、新しい患者は減っている。実効再生産数は1程度なので、日本で医療が崩壊する可能性はまずないと考えていいだろう。


「一定の感染を容認する集団免疫戦略は非人道的だ」という批判が多いが、それ以外の道はあるのだろうか。今の自粛や休校をいつまで続けるのか。患者がゼロになるまでか。無期限に封じ込めを続けていると日本経済がボロボロになって、コロナの死者より多くの人が自殺するだろう。

ヨーロッパの経済学者グループは、イギリス政府の報告書をもとにして「あらゆる経済政策を動員すべきだ」という緊急提言をまとめた。

彼らが指摘するように、新型コロナの感染は一時的なものだが、その経済的な影響は長く続く可能性があり、感染の封じ込めで感染の山を低くすると、経済危機の谷は深くなる。日本政府はこのトレードオフを認識して、過剰な封じ込めをやめるべきだ。

いま封じ込めても集団免疫が成り立つまで感染は広がるので、夏になって封じ込めをやめたら、また秋に感染が広がり、今年の冬にピークが来るかもしれない。そうすると医療が崩壊して、多くの死者が出る可能性もある。

だから問題は患者をゼロにすることではなく、そのピークを病院の能力内に収めることだ。それが日本政府の専門家会議のとっている方針である。ここではコロナウイルスを完全に封じ込めることは想定しておらず、その感染を遅らせて時間を稼ぎ、医療体制を強化することになっている。


専門家会議資料より


つまり日本政府は、実質的に集団免疫戦略をとっているのだ。こうして感染をコントロールできたことが「日本の奇蹟」の秘密である。ゆるやかに感染して医療の崩壊を防げば、死者は増えないのだ。

こうして1年も時間を稼げば、コロナのワクチンや治療薬もできるだろうが、これを日本政府が公然と言うことはできない。イギリスのように批判が安倍首相に集中するからだ。

しかし公言するかどうかは大した問題ではない。日本はすでにイギリスに先んじてピークカットする合理的な戦略を採用しているので、それにもとづいて自粛を解除し、ゆるやかに感染を拡大するときだ。

急に解除すると感染が激増するリスクもあるので、まず無意味な一斉休校をやめ、野球などの野外イベントの自粛を解除してはどうだろうか。