「 ギター遍歴 」

 東京で浪人生活を始めた年の夏、布看板張りのアルバイトを1週間ほどして30000円の金ができると、わたしは迷うことなく25000円のギターを買った。
 何故か「Pearl」というドラムセットで有名なメーカーの、ハミングバード(オリジナルはギブソン)のコピーモデルで、見てくれ優先主義のわたしにはうってつけのギターだった。
 ピックガードを「ドブ」というモデルのものに変えたりしたが、10000円の本物のギブソンのピックガードを付けたので、トータルで35000円のギターになった、と喜んだりしていた。バカだ。その後、無謀にもボディを黒のラッカーで塗ってしまったりしたが、本質的に音が変わるわけではないので、見てくれ優先主義だということが、よくわかるでしょう?
 ところが、別の項でも書いたが、人生初めてのライブが「南こうせつ全国ツアー」の前座で大阪グランドホテルの大ホールだったわけで、なんとその時もわたしは「Pearl」のギターを使っていたのだった。
「猫」というグループの常富喜男さんが(彼はわたしのディレクターだった)、見るにみかねて、ある日青いハードケースに入ったギターをプレゼントしてくれた。
 マーチンの「D28」という憧れのギターだった。35000円(?)のギターから、いきなり250000円のギターへグレードアップしたわけだ。D28は恐ろしく大きな音がして、Pearlもいい音だと思っていたけれど、比べ物にならないほど乾いた音がした。
 ギターでいうところの「いい音」というのはどういうことかというと、バランスがいいのである。一本一本の弦が同音量で鳴っているのか、こもってもいずキンキンもしていない。さらに音質的にもこごもった音ではなくてサラサラ、いやシャラシャラ、いや「シャラランシャララン」と鳴るのだ。
 腕前の方がイマイチなのでD28君には悪いなあ、と思いながらずっと使っていた。

 自分の家で猫を飼っていても、つい他所の猫の頭も撫でてしまうぐらいの気軽さで、ギターもいくつか浮気をした。アメリカに行った折「ハリウッド・ミュージック・ストアー」という、三沢あけみさんの縁者がやっている楽器屋でオベーションのギターを買う。オベーションのギターをご存知の方は多いと思うが、南こうせつさんなどがステージで使ってるギターで、ボディにいくつも穴が開いてるギターを見たことあるでしょう、あれは「アダマス」というオベーションの代表的なモデルです。
 しかしわたしが買ったのは全体がワインレッドのやつで、たしかアメリカ建国200年モデルの、さらに限定何十本とかいう、まだ日本には1本も入っていないという噂のモデルだったのだ。
 音はマーチンに比べれば普通で、アンプの入ったギターだから仕方が無いと言えば仕方が無い。割り切って、ステージでライン繋ぎで使っていたのだが、「風」の伊勢正三さん他、いろんな人が欲しがるのでなかなか気持ちがよいのだった。
 2,3年使っていたが、運悪く丁度わたしが録音機材にのめりこんだ時期で、そっちの方の機材充実のために売ってしまった。その後、GONTITIがステージで同じギターを使っているのを見たことがあるけれど、おそらくわたしがもっていたギターそのものかも知れない。そうだとするとファンとしては実に嬉しい。

 ステージでラインにも繋げて、さらに生音もいいギターはないものかと探していると、どこをどう伝わったのか名古屋の「K.YAIRI」というメーカーがアンプ入りのアコースティックギターを作ってきてくれた。小林倫博モデルだという。ボディーを少し小さめにしてあるのは小男に合わせたのだろうか。「ステージで積極的に使うこと」が条件だが、願ったり叶ったりであった。
 たいして売れてもいないわたしに、ギターをくれるなんて、なんて素晴らしい会社なんだろう。わたしは大いに吹き、大いに使った。このギターを手に入れてからは、ほとんどこれ1本で通せるほどオールマイティーなギターである。マーチンもほとんど触らなくなってしまった。

 ビクターで音楽を教えるようになってから、シンガーソングライター希望の学生でちょっと才能のありそうな奴(T君)がいて、マーチンD28を無期限で貸すことにした。4,5年経っただろうか。
 わたしも仕事で使う用があり(たまに歌うこととかあったのよ)、T君に連絡を入れるがなかなか連絡が取れない、仲間内にも頼んで当たってみたがそれでも音信不通だった。しかたがないので申し訳ないとは思いつつも、T君の実家にまで電話して聞きだし、なんとか連絡をとり返却してもらうことになった。T君はもうその時音楽をやっていなかったのだった。
 T君と会ってD28を返してもらい、世間話を少しして別れた。D28を家に持ち帰り、ケースを開けてわたしは悲鳴をあげた。ボディーは割れ、側面には穴が開いていた。明らかに何か尖った硬いものの上に倒した傷だ。ギターも惜しいが、T君は何故これをわたしに渡す際に一言も言わなかったのだろう、怖かったのだろうか(わたしは本当に怒ると怖いからね、平気で相手を半殺しにするからね、ククッ)。わたしの常識では、なにがなんでも謝罪するのが普通だと思うんだけど、T君は黙って去っていったのだった。
 
 わたしは傷ついたD28を見ながら涙が出た。嫁に出した娘が乱暴な夫にボロボロにされて実家に帰って来たときの親の心境はこんなんだろうか、と考えたりした。(飛びすぎ?)
 慈しむように手当てをした。なんとか元に戻してやりたいと思った。もとは貰ったものだけど何年かを共に戦った戦友のような気がしたからだ。死ぬまでこいつは離すまいと思った。ちょっと大袈裟だが本気でそう思った。
 石川鷹彦(ギターの神様だ)さんの家に行ったとき、何十本もの垂涎ギターが壁にズラーッとさがっていた光景を思い出す。1本1本にストーリーと愛があるのだろう。
 彼の墓にはとてつもなく大きな納骨堂が必要かもしれない。ハハ、勝手に殺しちゃったよ。