「 いとしい、いとしのエリー 」

  恋をした。相手は今の妻ではないので言わないけれど、間違いなく恋をしていた。それはフォーライフレコード大阪支社のスタッフだった。あれ?
  大阪空港(昔の)から高速に乗り、市内に向かう。ドライバーが脇見運転をして危ない、と話題になったことがあるでっかい「エッチ看板」の横を過ぎたあたりで、ラジオからサザンの「いとしのエリー」が流れてきた。その時だ、自分自身の中で彼女への思いが決定的になった。
「 今日こそ好きだと言ってしまおう 」
  わたしは「いとしのエリー」を聴きながら涙があふれてしかたがなかった。
  彼女は大阪支社で主にプロモートを担当しており、大阪に行ったフォーライフのアーチストがラジオやテレビに出演する際、レコード会社の宣伝担当として同行する訳である。というよりその出演の段取りをブッキングから後フォローまですべてやる訳である。
  わたしが「伸介&竜介」や「鶴こう」のしゃべりのテンポについて行けず、口ごもってしまうと、彼女はブースのガラスの向こうでわたしをリラックスさせようと10000ボルトの笑み( 古いね!)を送ってくれるのだった。ほかのアーチストにもそうしているに違いなかったけれど、わたしはほれっぽい質だからなあ。
  その日の最後の仕事はFM大阪の生番組へのゲスト出演だった。かなり落ち着いた番組だったので、わたしも、また彼女もリラックスしきっていた。わたしは彼女の微笑みにみとれて番組中もボンヤリと宙を見ていた。なにもかもうわのそらだった。
「 それでは小林さんから1曲紹介してくれますか?いちばん好きな曲を 」
「 わかりました。じゃあ“いとしのエリー”をお願いします 」
「 はあ? “いとしのエリー”って曲が小林さんにもあるんですか? 」
「 いやいや、サザンの…… 」
「 ちゃいますよ〜、小林さんの曲をかけるんですよ〜ここは〜 」
  わたしはギャグで言ったわけでもなく、ボケをかましたつもりもなかったが、その夜大阪中の笑いを取ったようで、満足だった。マネージャーはカンカンに怒ったが、そんなに好きならと特別に “いとしのエリー” をかけてくれたディレクターは粋な人だった。
  流れる“いとしのエリー”を聴きながら、ガラスの向こうで彼女が体を揺すっていた。わたしは彼女の目を見て「 これが俺の気持ちなんだ、気付いてくれよ 」と訴えたが、彼女は思い出し笑いに忙しいらしく、わたしのマネージャーと時々腹を押さえながら笑っていた。
  10000ボルトがなんだか5000ボルトぐらいに減圧したような気もしたけれど、まあわたしがアホなんだから仕方がない。
  その後彼女は東京の本社に移ってきて、それなりに会う機会も増えたのだけど、もうなぜか100ボルトぐらいの電圧しかなくなってしまったのだった。
  100ボルトはあんまりだ、500ボルトぐらいだ。ボルトの問題じゃないか。
  結局“ごろにゃん”(あ!あだ名まで言っちゃった!)には告白できなかったけれど、今でも“いとしのエリー”は涙が出るほどいとしい。桑田佳祐と言う人はケタ外れにすごいねえ。