「 ボーヤと呼ばれる人たち 」

  アコースティックギターの神様、石川鷹彦さんに「プロとアマチュアの違いはチューニングだね」と言われたのでチューニングマシーンを買うことにした。
  プロとアマチュアの差がチューニングの違いだけであるはずはなかったが、日頃「ギターをもっとまじめに練習しろ!」と言われていたわたしとしては、結構真剣に悩んでいたのだ。
  しかし25年も前の話である。今のように機械類が安い時代ではなかったのだ。余談だけどデモテープを作るのにどうしても本物のドラムの音が欲しい。いまなら2〜3万でまともな音のするマシーンが買えるけれど、当時は唯一「リン」というメーカーのドラムマシーンが60万円もしたのだ。ゲゲッである。
  で、チューニングマシーンだ。
  金を貯めて、予約注文して待つこと1週間、やっと届いたKORGのチューニングマシーンはわたしの2枚目のアルバム「虹を渡る人」のレコーディングにぎりぎり間に合った。嬉しくてね、仮歌のボーカルブースの中にまで持ち込み、早く箱から出していじりたい気持ちでウズウズしていたのだった。が、その日は3曲あげねばならない、というような慌ただしいスケジュールだったので結局最後まで箱を開ける暇はなかった。
  すべてのレコーディングが終わり、さあこれからいじり倒すぞ〜とブースに戻ってみると
「 無い、ない、ナイ、NAI! 」なのである。箱も開けていない、買ったばかりの、保証書付きの、電池もはめていない、わたしの指紋も匂いも手垢もハナクソついていない、¥23000のチューニングマシーンが無いのだった。
 
  その日スタジオに出入りしたのは、高中正義さん他のスタジオミュージシャンとそのボーヤ達だけだ。スタジオミュージシャンが盗むはずはなかった。だって彼らは自給¥30000ぐらいで、一晩に10万も20万も稼ぐのだから、そんなセコいことする訳が無い。
  疑わしいのはボーヤ達だった。「ボーヤ」というのは、いわゆる有名ミュージシャンなどが私的に雇ったアシスタントである。機材・楽器の搬入や搬出、運転手、弁当の手配など、言われればなんでもする。但し、そんな雑事をこなしながら師匠の技を盗むことを建前としているから、給料は笑えるほど安い。
  わたしはそのボーヤに知り合いも多かったし、自分のバックバンドのメンバーもそこから見つけてきた人達だったので、彼らに悪意はまったく無いのだけど、あのチューニングマシーンは絶対高中のボーヤの仕業だと今でも思っているのだ。執念深いのだ。今風に言えば「 ウーム、まちがいない 」なのだ。
 
 いい人も多いけど、たいがいは悪い。聞いた話でもっともすごいのは、白昼堂々と修理の業者になりすまして5〜6人でグランドピアノを持ち出し、売り払ってしまったっ強者もいたそうだ。ベーゼンドルファーだかスタンウェイ?だか知らないが結構いい金になった筈である。闇の世界には盗品とわかっていても必ず買い取ってくれる業者がいるらしい。

 ン? それはそれで結構おもしろそうだ。チューニングマシーンなんか狙わないで、ここはひとつ怪盗「 ボーヤーズ 」を目指していただきたい。なら、わたしは許す。頭になってもいいぞ。
中国の国家的秘宝を盗んだりしたら、けっこうかっこいい。