「 ボブ・マーリーと昼寝 」

  セカンドアルバム「虹を渡る人」を録音し終えて、一息ついたところでアメリカへ行くことになった。“風”がロスでレコーディングすることになり、スタッフが大勢行くことがわかったのでそれに混ぜてもらうことにしたのだ。便乗してタダで行ったんだろう? ノーノー、ちゃんと会社から50万円借金して行ったのだ。新人はみんな貧乏なのよ。

  で、結局ふたを開けてみると、「風グループ」「太田裕美グループ」「杏里グループ」の3集団が一挙にロスに乗り込んだ訳で、わたしは曲を書いたりしてそれぞれにつきあいがあったので 「 よ〜よ〜よ〜!」ということになった。杏里なんか歌唱指導もしてやったんだから、旅費を持てっつうんだ。
  あ、脱線脱線。さてさて、この時はなんといっても滞在したホテルが良かった。2階建の長屋風ロッジがずらっとロの字型に並んでいて、中庭に小さいけれど立派なプールがあったのだ。
  自炊ができて、自由な雰囲気で、出入り自由で、主に長期滞在の音楽関係者が利用することで有名な「サンセット・マーキス」というホテルだった。
  わたしは当時、車の免許を持っていなかったので、誰も遊んでくれない日は、ひたすら中庭のプールで泳ぎの練習をしてすごしていたのだ。ソーメン食っては泳ぎ、ソーメン食っては泳ぎだ。何をやっておるのだ!
  ま、いいや。このプールというのが、なりは小さいくせに深さが2m50cmもある代物で、あまり泳げないというかほとんど「かなづち」のわたしは溺れそうになりながらアップアップしていた訳だ。ロスまで来たのに暇で暇でしょうがないというのもさみしい話だが、その時はしかたなかったのだ。
 
 プールサイドのビーチベッドみたいなやつに寝転がった黒人(厳密にいうと黒人ではないのだけど)が、そんなわたしを見て、片頬で笑った。そいつの横の髭の濃いメキシコ人みたいな男も薄笑いを浮かべていた。
  溺れそうになりながらもわたしはふと気付いた。ふたりともどっかで見たことがあるぞ……Oh!(英語になるわけだ)レコード持ってるぞい! それは本物のボブ・マーリーとサンタナだった。なんてこった色紙もってくればよかった!
  二人から5mほど離れたところのビーチベッドにわたしも寝転がり昼寝をした。けれど気になって気になって寝るどころではない。
  いびきもレゲエのリズムかもしれないじゃないか、確かめたいじゃないか。
  ボブ・マーリーの曲で昼寝をするのは実に快適だけど、ボブ・マーリー本人の横で昼寝をするのは、実に、実に疲れるのだった。
 余計なことだが、わたしが見た限りでは二人が会話を交わすことはなかったみたいだ。