憧れ


あれもやりたい、これもやりたい、う〜ん困ったなあ!

 熱し易く冷め易い性格の私が、珍しくもう20年も「写真」に凝っているのは、きっと三好和義さんの写真に憧れたからだ。特に「楽園」シリーズの写真集を見た衝撃は今でもはっきり覚えているほど大きかった。
「これだよ、こういう写真を俺は撮りたかったんだよ!」と大騒ぎした。
「そういう場所に行かないと、そういう写真は撮れないわねえ」と妻はそっけなくわかり切ったことを言うのだったが、しがないサラリーマンの私にはタヒチもモルジブも豊満な娘たちも遠い遠い存在だった。
 私は我ながらスケールダウンしすぎだ〜、と内心思いながらも「自分だけの楽園」をご近所で探すことにしたのだった。
 さいたま市の見沼地区は都市部とは思えないほどの広大な田圃と畑が広がっている。紺碧の海も珊瑚の砂も、ヤシの葉陰のホテルも無いけれど、田植え直後の湖のような水田に映った青空や沈む夕日を見ていると、水牛こそいないけれど一瞬東南アジアの田舎にいるような気分にだけはなれるのだ。
 そして利根川と荒川をつなぐ見沼用水路、その脇を流れる芝川、水質はお世辞にもきれいとは言えないけれどモツゴもタモロコもメダカもいて嬉しくなってしまう。特に私は水路脇に生えている「鈴懸」の巨木たちがお気に入りで、1本ずつ名前を付けて四季折々の姿をまるで肖像写真のように残している。散歩する豊満過ぎる婆さんたちを眺めながら「あと50歳若けりゃなあ」とは思うのだが、それは贅沢というものだろう。
 いつか野田知祐さんばりに利根川から荒川へカヌーで流れ、椎名誠さんのような紀行文を書き、竹内敏信さん風の風景写真をものにして、海野和男さんもビックリの昆虫写真も撮ってみたいし……。
「憧ればっかりじゃダメなんじゃないの?」
 妻という名の女はまったく夢の無いことを言う。