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某月某日

 「アグファ・カラート」

 骨董屋で「アグファ・カラート」という半ジャンクのカメラを買ってしまった。分解して油を挿し、シャッタースピードの精度を戻して試し撮りをする。壊れた物を見つけるとなんとかして元通り動くようにしたいという修理趣味がわたしにはあるのだ。結果、身辺にさらにジャンク化した物が山積みになるという欠点はあるが、なおった場合などは至上の喜びが得られるので未だに骨董屋・リサイクルショップ巡回がやめられない。
「もう一度光を見させてあげるでな」
 わたしは、両手でやさしくカメラをなでまわし、アグファ・カラートに「霊子」という名前まで付けた。
 アメリカから渡ってきた霊子にもう一度命を吹きこんでやるためには、日本的風景などではなくなるべく西洋風の景色を見させてやる必要があるなあ、とわたしは考えた。霊子の目はドンヨリと湿った空気ではなく、カラリと乾いた風にこそ反応するはずなのだ。クセノンという球(レンズ)は人の目には見えない光まで写し出す。

 出来あがった写真の建物の壁にはなぜかいくつかの乱れた光が写し出されていた。何かを訴えかけるように怪しくきらめいている。
 2年前までそこには大きな紫陽花(あじさい)の株があり、毎年美しい花をを咲かせることで近所では評判だった。しかしその紫陽花がたびたび人々の話題になるようになった理由は他にもう一つあった。それはその紫陽花にとっては命のある最後の年のことだったが、それまで青い花を付けていたその株が赤い花だけをいっせいに付けたのだった。赤く咲き始めて次第に青く花色を変えてゆくのは紫陽花にはよくあることだが、しかしその年ついにその紫陽花は花色を青くすることはなかった。
「土のph(ペーハー)が変わったからさ」と皆口々に言ったが、phの変わった理由は誰にもわからなかった。誰かが根元に何かを埋めたのかもしれない、と噂されたが誰もそれを確かめようとはしなかった。
 紫陽花の株はその直後に都市計画の区画整理で捨てられてしまったが、丁度その工事と同じ時期に、そこからわずか50mしか離れていないところに無人になった一戸建の家が発見されるという事件があった。都会のミステリーとして当時騒がれたものだ。なぜならその家には戸籍上は4人家族が住んでいることになっていたにもかかわらず、その家族に関する近隣の情報がまったく無く、さらにいつから無人になってしまっていたのかさえ誰も気付かなかった、というありさまだったのだ。いかにも現代らしい怪事件としてマスコミに取り沙汰された。
 いずれにしても、ことの真相はもう確かめるすべが無い。そして今は、この写真の建物すら既に取り壊されてしまっている。
 よくよくみると、悲痛な叫びにも似た光の乱舞は4人分あるような気がしないでもない。