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安らかなることを祈ります

2018年06月12日(火)「6月のショックA」

 森田童子さんが4月24日に亡くなっていた、というニュースが今日ネット上に流れた。本名不明、死因未公表などというところが“いかにも”である。享年66歳。ずっと年下だと思っていたのでその点でも少し驚いた。
 それにしても同年代の人が次々と死ぬ。皆若すぎる。ショックである。

 1976年の秋だったと記憶している。西荻窪のライブハウス「ロフト」で森田さんと御一緒した。とは言ってもわたしはまだデビュー前でズブの素人。おそらくフォーライフレコードのディレクターが、わたしに経験を積ませようと森田さんサイドに頼み込んで、無理矢理ブッキングしたのだったろうと想像する。
 森田童子さん自身もその前年にデビューしたばかりのまだ新人だったはずなので、まあ嫌々ながらも下手くそ前座が出る事を承知したのだろう。

 わたしは生まれて初めての人前歌唱でスッカリ上がってしまい、1曲目「雨の昼下がり」の歌詞が全部飛んでしまった。ディレクターとの約束でその日歌詞カードは見ないことになっていたのだ。前日に作ったばかりのホヤホヤ状態だったのも災いして、途中で思い出すことも無かった。仕方なくフルコーラスをスキャットで歌ってしまうというあるまじき事をやってしまったのだが、その時のことを今でも時々夢に見ることがあって、恐怖と羞恥でチビリそうになる。
 後々のライブ嫌いはおそらくこの辺から来ているトラウマだと思う。

 自分の出番が終わり脱力・憔悴しきったわたしは、そのあと客席で“森田童子の世界”をまさしく初めて聴いた。好き嫌いとは別の次元で鳥肌が立ち、すぐに体に沁みてきた。今の腐れジジイではなく、その頃のわたしは実に無垢だったのだ。22歳、珪藻土のような吸水率(?)。
「こういうのも“有り”なんだなあ」と思った。声質の方に魅かれ過ぎてインストのように聞こえたのを覚えている。

 森田童子さんの歌を聴きながら、わたしは1人の亡くなった女性の事を思い出していた。
 高校2年のちょうど夏休みが終わる頃、1学年下のその女性は錦江湾で入水自殺をした。中学も一緒だったし通学も毎日同じ電車だったので、いつからか妹のような気分になっていて、わたしは必ずやいつか気持ちを伝えたいと思っていたのだ。
 2学期になって校内で様々な憶測が飛び交い、噂がまことしやかにささやかれた。古典教師との恋愛、妊娠・堕胎説、他校男子との恋愛説、これまでの男性遍歴、躁鬱、ノイローゼ……。噂というものの宿命だが、ほとんどの噂がわたしの夢を壊すものだった。わたしは彼女の笑顔だけを心に仕舞い、以後耳を閉ざした。
 ずっと後になって映画「世界の中心で愛をさけぶ」の中で、山崎努さんが初恋の女性の骨を欲しがるシーンが有ったが、当時わたしも彼女の骨を欲しいと思ったものだ。
「骨と心は16歳」
 わたしは森田童子さんの歌を聴きながら何度も何度もつぶやいていた。
 そうだ、リリースされることは無かったが、彼女のことを歌った「ぼくたちの失敗」という森田さんと同タイトルの曲をわたしも持っている。もっともこっちは陳腐な内容なのだけど(笑)。

 ただそれだけの“前座野郎”だが、森田童子さま、安らかなることをお祈りいたします。